数少ないBill Evansのソロのみのピアノ・アルバム
1975年12月16日から18日にかけて、バークレーのファンタジー・スタジオで録音したアルバムで
ときにビル・エヴァンス46歳、のち5年も経たずにこの世から永遠の別れをする訳だが、体調不良の
頃もあったろうし、悲しい別れ、新しい家族の誕生など人生の過程でのさまざまな喜怒哀楽を経てきた
若さは無くなったかもしれないが、哀しみを乗り越え克服し、彼の持ち味でもある瑞々しいばかりの
叙情性を保っていて、なんとも言えない気品と格調の高さが彼のピアノから如実に感じられるからこそ
今なお多くの人に愛されている
収録曲のどれもがリリカルだが、それでいて荒々しくときにはバリバリと弾きまくるというエヴァンスの
イメージとは違う演奏もあり、まったく飽きがこない
§ Recorded Music §
1 The Touch of Your Lips - ザ・タッチ・オブ・ユア・リップス
2 In Your Own Sweet Way - イン・ユア・オウン・スウィート・ウェイ
3 Make Someone Happy - メイク・サムワン・ハッピー
4 What Kind of Fool Am I ? - ホワット・カインド・オブ・フール・アム・アイ
5 People - ピープル
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彼にしか表現できない美しいリリシズムとそこから派生してくる予定調和に堕とすことのない力強い
スイングの感覚、この2つは本来相反するものだが、本作では両者が上手く共存していると思う
美しいだけではいいジャズではない、そこにどうしてもジャズのリアリズムが欲しい…そんな無い物
ねだりの高い要求を満たしてくれる嬉しい1枚である
" アローン "に続いてのビル・エヴァンスのソロ・ピアノ集、多重録音がされてなくクドさもなく大変
聴きやすく、エヴァンス・ミュージックのエッセンスが見事にここに集約されている
エヴァンスのリリカルさを愛するあまり、エレピや大胆な解釈によるアドリブや疾走感、荒々しさを
敬遠する向きもあるが、エヴァンスほどのアーティストになると好みの差はあれどずべて素晴らしい
タッチの強弱の大胆さ繊細さ、ともすれば自分に入り込んで右手と左手が近くなり、ピアノの真ん中
あたりを延々と弾いている印象があるが、本作では下から上まで使い切れているし、1曲が普通の
倍くらい長いのにテンションも高いし集中して畳み掛けるようにガツンとくるところと、引くところの
バランスや1曲の構成も完璧である
それと不思議だが、トリオで演奏しているよりノリが良くて大きくスイングしているから聴いていて
すごく心地が良い
1960年代初頭をはじめ、晩年の演奏までさまざまなメンバーと録音したトリオの演奏が一番という評価が
ある…間違いではないが、繊細なビル・エヴァンスの音楽性を深く知るには、彼のソロ演奏での感情の
表出と畝るような音の洪水を体験せずには、その評価軸が定まらないと思う
ビル・エヴァンスといえばトリオ演奏など、共演者とのインター・プレイについて語られることが多いが
彼のピアノ・プレイそのものを聴きたいがゆえに、ソロ・パフォーマンスの方に惹かれる
非常に複雑かつ豊饒なハーモニーは、色彩豊かなオーロラの煌めきにも似ているように思う
特に" ピープル "は聴き応え充分、その複雑な響きの変化を追うのはスリル感さえある
このすべてをさらけ出して気持ちよく鍵盤に向かい、楽曲に向かい迷うことなく音楽を引き出し生み出す
力強さは、ビル・エヴァンスのもうひとつの魅力である
もっとも、その密度のこさゆえ、じっくり聴き込むのは結構しんどいのも彼の演奏の特徴でもある