楽しいのか悲しいのかよくわからない感情と
切なさと儚さがとめどなく溢れている傑作アルバム
1967年にピンク・フロイドの一員としてデビューするも、LSDの過剰摂取で精神崩壊、奇行が目立つ
ようになりバンドとしてライヴを行うことも困難になる
翌1968年3月の早くも脱退し、約1年間の静養のあとに本作のレコーディングを開始、ピンク・フロイドの
メンバーであり、少年時代からの友人同士でもあったロジャー・ウォーターズやデヴィッド・ギルモア
ソフト・マシーンのメンバーらの協力を経て制作された
§ Recorded Music §
1 Terrapin - カメに捧ぐ詩
2 No Good Trying - むなしい努力
3 Love You - ラヴ・ユー
4 No Man's Land - 見知らぬところ
5 Dark Globe - 暗黒の世界
6 Here I Go - ヒア・アイ・ゴー
7 Octopus - タコに捧ぐ詩
8 Golden Hair - 金色の髪
9 Long Gone - 過ぎた恋
10 She Took a Long Col d Look - 寂しい女
11 Feel - フィール
12 If It's in You - イフ・イッツ・イン・ユー
13 Late Night -夜もふけて
§ Personnel §
Syd Barrett - シド・バレット( Vo,G )
David Gilmour - デヴィッド・ギルモア( G,B )
Roger Waters - ロジャー・ウォーターズ( B )
Hugh Hopper - ヒュー・ホッパー( B )
Mike Ratledge - マイク・ラトリッジ( Key )
Willie Wilson - ジョン・ウィルソン( Ds )
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ピンク・フロイドのデビュー作" 夜明けの口笛吹き "は、ただでさえ常人とはかけ離れた天才的感性の
持ち主だったシド・バレットが、さらにLSDをキメてぶっ飛んだ状態で、なおかつそれがプラスの方向に
作用して完成した奇跡のようなアルバムだった
60年代後半という時代性とシド個人の感受性、そのほかありとあらゆるタイミングがピッタリ合った
結果が生じた打ち上げ花火の一瞬のキラメキを封じ込めたような内容だった
本作はいわば、その打ち上げ花火が燃え尽きようとする寸前のタイミングを収めたアルバムといえる
春の穏やかな日差しの中をふわふわと漂っているような、脳がとろけそうになるトリップ感、今にも
プツッと切れてどっかに飛んで行ってしまいそうな細い細い理性の糸でかろうじて繋ぎ留められている
風船のようなイメージである
ヘロヘロで不安定なヴォーカルとギター、穏やかでありながら少し触れるだけで崩れ落ちそうな
崩壊寸前の危うさ…このアルバムは本国イギリスでは40位そこそことヒットした
シドのソロ名義の作品は" 歌 "がその内容であり、そのことが当時サイケデリックの第一人者という
イメージからのギャップであったこと、しかもその歌が歌という形式内で旧来のシド然とした現実離れ
した濃いものであるため、そのインパクトが当時の時代に刺さったトゲの如く存在感を示しだす
ただ当時と違い現在ではフロイド時代もソロ時代も我々からしてみれば均等な距離があること、そして
各々の順番は前後して入手し聴いてしまえることが我々とシドの関係であることからすれば、時代順に
彼のドラッグ癖やバンドの推移などを追ってのみ、彼の本作での精神状態や作品の価値を憶測し判断
するのは曖昧な先入観でしかなく、現在のリスナーはその種の憶測から一切開放されて単に一作品または
芸風として聴ければよいのではないかと思う
おかしい奴だからおかしな歌的な安易な解釈は意味がなく、彼を聴くことでこちらが変になるとか
彼の精神状態に近づくことはありえない
それは単に夢想かリスナーの勝手な現実逃避の手段か対象としてのシド・バレット像であって、この
" 歌 "はそういう一切の偏見や先入観さえもシド自身の存在を超えた" 歌 "の養分としてしまう…
そういう魔力を持っている
まったく" 絵になる人 "とは、彼のような人を指すのだろう
デヴィッド・ボウイやジミー・ペイジ、ケヴィン・エアーズのような大物アーティストが彼に嫉妬
するのはわかるような気がする
またことあるごとにピンク・フロイドのメンバーたちが彼にオマージュを捧げるのは、フロイドが彼なし
では始まらなかったからだ
" 夜明けの口笛吹き "のようなギターはおそらく誰にも弾けないだろう
この作品は実に生々しく、間違えてもまた歌うシド・バレットの何気なさに鬼気迫るものを感じるが
レコーディングには難航を極めたらしく、本来は発表されるのが不思議なくらいの作品だといえる
ヒプノシスのジャケットも寒々しくも凄く、" ザ・ウォール "よりもはるか前に、そのビジョンを先取り
してしまったかのような神がかり的な出来である